当協会の理事でもあるS様よりお便りを頂きました。
カサンドラ症候群の重い症状から見事回復され、当協会の理事として何かできることはないかと自らプロジェクトをご企画されました。
当協会代表理事の私こと天野も参加させて頂き、見事プロジェクトを遂行されました。
カサンドラ症候群はうつ病や適応障害等を伴うため、趣味や活動などが難しくなります。
S様も例外ではございません。かなり重い症状からのご回復と、またこのような企画を自ら実行されたS様のご活動に私はとても感動いたしました。
ご本人様の許可を得て写真と共に掲載いたします。皆様の勇気にも繋がると思います。
拝啓
折り鶴が平和への祈りを運ぶ。2024年10月11日、核兵器廃絶と被爆の実相やその継続的な被害を訴え1956年より草の根運動を続けてきた被爆者の全国組織である日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)がノーベル平和賞を受賞しました。その団体の徽章に折り鶴がモチーフとして使用されていることをニュースで初めて知り、私は深い感銘を受けました。また、私は日本被団協へのノーベル平和賞授与の声明文を拝読し、そのウェブサイト上でも日本被団協として折り鶴のイラストが掲げられていることに強く心を打たれました。(英語および日本語訳の出典: The Norwegian Nobel Committee. (2024). The Nobel Peace Prize for 2024: Awarded to the Japanese organization Nihon Hidankyo. The Nobel Peace Prize. https://www.nobelpeaceprize.org/articles/nobel-peace-prize-2024-announcement)
折り鶴が象徴する祈り、平和への希望とその力に導かれ、カサンドラ症候群に苦しむ人のために設立された日本で唯一の一般社団法人である一般社団法人日本カサンドラ支援協会(Japan Cassandra Support Association, JACSA)会員として、そして微力ながら協会理事のひとりとして、私は折り鶴を広島市平和記念公園の「原爆の子の像」へ献納することを決意しました。
五年前、私はカサンドラ症候群の苦悩のため、広島を離れて幼少期に過ごしたことのある地の大阪の精神科病棟に任意入院しました。
外部との接触が限られた中で、私は売店で購入した折り紙で毎日折り鶴を折り続けました。様々なことによる心身の疲労により集中力を欠いた私にとって、折り鶴を折ることが一日の唯一の達成感でした。同じ病棟にいた心に様々な苦しみをもつ患者さん方も私と共に折り鶴を折ってくださいました。彼らとの静かな交流は、孤独な私にとって大きな慰めとなりました。仲直りの印として折り鶴を渡してくれた方もおり、一羽一羽が私にとって大切な思い出です。退院後も私はその折り鶴を大切に保管し、いつか「原爆の子の像」に奉納するという夢を抱いていましたが、長い間、実現しませんでした。その後、多くの困難に直面しながらも、以前より相談をしていたJACSAに入会し、今日まで多くの方々の支えを受けて歩み続けてきました。
十月中旬、今回の折り鶴献納に際しJACSAと相談し、正式な許可をいただきました。私が折った折り鶴とJACSA代表理事が作成した折り鶴を束ね、広島市平和記念公園の「原爆の子の像」へ奉納いたします。
折り鶴に込めた祈りと平和への思いは、広島市の折り鶴メッセージデータベースにも残る予定です。
代表理事が心を込め作成した折り鶴は一羽一羽の深い色使いのグラデーションになっており、日頃の協会や全てのことに対する細やかな配慮を私に思い起しました。私が作成した千羽鶴は自由な心で表現したものです。
十月後半、代表理事からの折り鶴の受理に際し、千羽鶴の制作に必要な糸を購入するために広島市中心地に出かけました。
立ち寄ったお店の近くに、ひろしまゲートパークという広場があり、そちらからすぐの場所に折り鶴タワーがあります。
その日、海外から来訪のご家族の方が自転車を止め、観光中にタワーを撮影されていました。折り鶴タワーは原爆ドームからも近く、徒歩圏内に位置し、年間多くの方々が世界中、日本中から訪れています。
ここでは、ご来場の皆様が折り紙で折った鶴を12階から折り鶴の壁に投入し、平和のメッセージを届けることができます。また、一階には握手カフェ(Akusyu Café)が併設されており、白米を使ったヴィーガンアイスクリームも用意されています。お天気の良い日には外のテラスで過ごすことも可能です。そして少し離れた「原爆の子の像」の近くには、小さなバラ園があります。さらにそのすぐ傍に広島市平和公園レストハウスがあり、一階には、広島名産の化粧筆や手芸用品など様々なお土産が販売されており、二階には、ピアノカフェが設置され、コーヒーなどもいただくことができます。そのカフェには、当時十九歳だった河本明子さんの被爆ピアノが保存され、演奏会が行われることもあります。店内は常時クラッシックのピアノ曲が流れています。レストハウスですので、ご自身で持ち寄った飲食物を自由に取り休憩をすることもできます。
以下は、日本の総務省ホームページからの広島市平和公園原爆の子の像の説明文からの引用です。
“像の下に置かれた石像には、「これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです 世界に平和をきずくための」という碑文が刻まれています。内部につるされた鐘には、ノーベル物理学賞受賞者である湯川秀樹博士の筆による「千羽鶴」、「地に空に平和」の文字が彫られています。” (出典: 総務省. (n.d.). 原爆の子の像. https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/daijinkanbou/sensai/virtual/memorialsite/hiroshima_hiroshima_005/index.html)
広島市のホームページでは「原爆の子の像」の設立に至る経緯や像のモデルとなった佐々木禎子さんについての詳細などが紹介されています。また、日本被団協や広島、長崎、総務省の公式ウェブサイトでは、平和への願いについての情報が掲載されております。これらの資料を通して、折り鶴が伝える平和のメッセージにぜひ触れていただければ幸いです。
ノーベル平和賞の光が
折り鶴と共に世界中に広がり
平和のともしびとなるよう願いを込めて
May there be peace in the world and peace within our hearts.
May our world be healed, and may our bodies and spirits find healing in one another.
And may these thousand cranes symbolize everlasting peace in the world and our hearts.
November 1, 2024
祈 世界恒久平和 折り鶴飛翔 日本
一人一人の希望と平和を願って。
2024年11月1日
敬具
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